置いていかないで。 もう少し、待っていて。 ○。 H o m e t o w n ○。 夏休みが始まってすぐ、8月が始まる頃、幼なじみが帰って来た。 帰って来た、というのは家出や留学ではなくて、あ、留学とは少し似ているのかもしれないけど。 地元の高校に行った私と違って県外の高校に行った彼は、夏休みという名目で帰って来たのだ。 やつが、地元を出て行く時よりまた背が高くなったのは私の気のせいじゃないと思う。 その175cmはあるだろう幼なじみに私は言った。 「だ か ら 、何で私も行かなきゃいけないのよー」 「あゆ…それでそのセリフ5回目だぞ。もう買ったんだし今更だろ。それにお前もやるんだから」 「(数えてたのか)…圭のそのセリフも5回目よ」 「お前も数えてたのかよ!」 「激しいツッコミ方だねぇ…」 「いや、ツッコミに入らないだろ今のは!」 「手がツッコミ入ってるんだって!」 「うっ!」 「(自分で気づいてなかったのかい!)」 約5ヶ月ぶりに会う幼なじみは、ちっとも変わってないかと思いきや、少し大人になったようで。 上述の会話ではわからないかもしれないけれど、それはそれだけようやく私達が打ち解けて来たという事だ。 前に戻っていってるということ。 幼なじみなのに打ち解けて来たなんて、笑ってしまうのだけれど。 あの日、 「あゆちゃん、今日圭が戻ってくるの!」と圭のお母さんが嬉しそうに私に報告してくれた日、 圭が戻ってくると聞いて私が心なしかわくわくしながら圭の家に遊びに行った日、 私は戸惑った。 圭の落ちついた姿に。背丈のこともあったけど、それ以外に圭の纏っていた雰囲気に。 既視感と違和感。生じるぎこちなさ。 咄嗟に「おかえり」しか私は言えないで家に帰った。 そして次の瞬間、ああまただ、と思った。 団地から15分のコンビニからの帰り道を、ふたりでたらたら歩く。 圭は私よりも少し前を歩いている。いつも、ふたりの歩幅は微妙に合わない。 私達がどうしてコンビニ帰りなのか簡単に説明すると、今日は、圭の家の庭で圭の家族と私の家族が集まって 花火をすることになっていて、花火を調達するために両家の代表として息子と娘が買い物に借り出された、 というわけだ。 「ねぇ、これってネズミ花火も入ってる?」 「おー入ってるよ?」 「うわぁ…私がネズミ花火嫌いなの知ってるくせに…!圭、ひどい!」 「だってネズミ花火楽しいじゃん。俺は好き」 「私は嫌い。ぜんっぜん楽しくない!うわー、私はこんなもの買わされるために行ったのか…!!」 「いや、大げさだから。それに選んだのは俺なんだから文句言うな。だからあゆも選べって言ったのに…」 ちっとも聞いてなかっただろお前、と本当のことを言われ反論できない。 事実、私はコンビニで花火よりもプリン選びに夢中だった。 「だってプリンが私を呼んでたんだもん!…やってもいいけど、私の近くでは絶対!やらないでよ!(あれは危険!)」 「あーはいはい。でも、花火何時くらいからやるんだ?まだ相当明るいよな」 「えーっと携帯携帯…っと…、あ、もう6時過ぎてるよ」 「じゃあ、暗くなるのは8時くらいか」 「うん、そうじゃない?うちのお母さんもおばさんもそれくらいから始めようって言ってたし」 私はそう言いながら少し早歩きをした。圭に追いつくように。 …追いついた先からすぐに距離は開いていってしまうからある意味無意味だけど。 圭が戻ってきて今日で4週目。甲子園も終わった。優勝旗は津軽海峡を飛び越えた。 8月も、あと少し。 夕方だというのに、夏の空はまだ明るい。それでも、真夏よりは日の短さを感じさせるようになった。 団地に居た盛んな蝉の鳴き声も、いつのまにか小さくなっている。 私達はコンビニから団地までの最後の角を曲がった。 あとは道を真っ直ぐ行けば団地の入り口。 「…あゆ」 「ん?なに」 「明後日、俺帰るから」 一瞬、びくっと空気がとまった。 「…そうなんだ。もう準備はし始めてるの?」 夏休みはあと少し。 「圭はそういうの、いーっつも前日の夜に準備するんだから」 圭がそばに居るのもあと少し。 「夜中にばたばたしておばさんに迷惑かけるのはやめなさいよー?」 また圭は帰ってしまう。 ・・・帰るって ・・・どこへ? 「もう小学生じゃねーんだからさ…。だいたいあゆも俺と一緒だったじゃんか」 「は!?何いってんの、私は圭のを手伝ってあげてたんだけど?」 「邪魔してた、の間違いだろ」 「(失礼な子!)」 出発宣言の後は、なにも会話がなくて。…ぷっつり途切れたまま。 圭が戻ってきはじめの頃、こんな感じだった。 何を言えば良いのか、どの話題なら盛り上がるのか、沈黙の中でそんなことばかり考えていた。 それでもなぜか会ってて…まぁ家が隣同士ってこともあるけど、だんだんと昔に戻ったみたいになって。 この4週間会う日のほうが多かった。 無言のまま、もう団地の入り口付近まで来ていた。 私はなんとなく、歩く速度をだんだんと落としていった。 圭は私に気づかない。振り向かないで歩き続けている。 圭は、いつも私の前を歩いていて、私が走っても、待っていてもくれなくて。 ( お願いだから ) 5年生になって別々のクラスになった時、一緒に帰らなくなった。 ( 気づいて ) 中学に入ってすぐ圭が声変わりをした時、突然しばらく話さなくなった。 ( 行かないで ) 県外の高校に行く事を教えられた時、傍に居られなくなった。 ( 置いていかないで ) 4週間前戻ってきた時、まただと感じた。今度こそ本当に追いつくことができなくなった。 ( ねぇ、もう少しだけ待って ) 私は完全に足をとめた。こんなのは自分のわがままだとわかっている。でもどうしてもそこから進めなかった。 私は団地に入って1歩目。圭は既に団地の中。コンビニに行く時よりも幾分蒼より紺が増した空。 目を閉じて息を吸ったら、団地でしか感じる事の出来ない夏独特の空気が、肺いっぱいに入り込んだ。 …前を向くと、圭が止まっていた。止まっているというよりは、ゆっくりゆっくり歩いてる感じ。 「あゆ!!」 圭は前を向いたまま。 少し遠い場所で自分の名前を呼ばれて、ドキッとした。 「…は、い」 止まっていることに気づいたのだろうか。 「なに…?」 「俺、帰るから」 さっきも、聞いた言葉だった。 「は……さっき、聞いたよ?」 「…あー、その…、そ、そうじゃなくて!」 圭は前を向いたまま、足を止めて振りかえらない。 「寮じゃなくて、また、団地に帰ってくるから。冬休みとか」 「……」 「だから…あゆも、止まるな。…止まらなくていいからさ」 意味がよくわからなかった。 私は未だ何も、何一つも圭に伝えてないよ? 15年分の思いも、4週間前感じた寂しさも。 「…戻ってくるから」 圭の背中がピクリと動いた。 「…わかった」 真剣な声に、素直に返事をした。 「でも、私が止まったからって、なんで圭も一緒に止まるの?」 「…止まってねーよ」 さっきまで明らかに止まってたのに。圭はまたゆっくり歩き出している。 「なんて口の聞き方なの!謝りなさい!」 さっきまでのノリの、軽い冗談。 私も少し歩いてみた。 「…悪かったよ」 ・・・冗談のつもりが圭は思った以上に真剣な声で。 「えっ…!いや、なに急に素直になってんの!?圭ってば気持ち悪いよ!」 そんなに素直に謝られても…! 「なっ気持ち悪いって、お前が謝れって言ったんだろー!」 「いやいや、だって。だってさ!?」 自分でも何言ってるのか。 「ぷっ、なんでテンパってんの」 そう言って圭は。 笑顔で私の方を振りかえった。 …どうやらこの幼なじみは、私を待ってくれなくても、振りかえるくらいはしてくれるらしい。 16年目にしてようやく半歩は近づけたらしい。 ふたりの16年目のホームタウンの夏が過ぎていく。 |
++++++++++++++++ だからいい加減オチをちゃんとつけてから 終わらせろって(爆) 微妙に「蝉の死骸」とリンクしてたんでした。 わかりづらいですけども。書けて満足です。 私もネズミ花火はダメな子です。あれは危険…!! 読んで下さってありがとうございました。 9、6、2004 |
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